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『地上で僕らはつかの間きらめく』 オーシャン・ヴオン, 2019年 レビュー | 母親の傷を受け継ぎ生きていく息子


地上で僕らはつかの間きらめく
オーシャン・ヴオン, 2019年
On Earth We're Briefly Gorgeous
Ocean Vuong, 2019
296 ページ
新潮社
2026年9月 読了
アマゾンであらすじと詳細を見る


🔽 本の紹介と一言レビュー 🔽

✔ 主人公は著者と同じく幼い時にアメリカに渡ったベトナム人の少年、その彼がのちに母へ送る手紙
✔ 彼が貧困の中にいる自分の家族、恋人との関係、薬物を通じた関係、そして本当はずっと思っていたこと
✔ ベトナム系の詩人であり人気作家オーシャンヴオンの痛々しく正直な文章のデビュー作


★★★★★+♡ ベトナム系の詩人の痛々しく正直な文章。母親は痛みつけられ傷を負い主人公の息子も傷ついたまま生きている。本当はずっと思っていたことなどを、お母さんは文字が読めないから正直に書きます、とこの手紙に綴る。今にも消滅しそうではあるけれど美しくきらめいていたこと。淡々とした文章の中で優しさを仄めかす。

🔽🔽 読書記録 🔽🔽

世の中には読者をふいに泣かせてしまう本はそう多くはない。
悲しい物語だからとか感動的だとかそういう風にうまく作り上げられた泣ける小説はある。
でもその痛々しくも正直な言葉に読んでいる方が痛みを感じてしまう小説はそうない。

ベトナム系アメリカ人の詩人であり作家オーシャンヴオンの痛々しく正直な文章。
分かりやすい激しさはなく、きれいな感動作、でもないのにその繊細さが心を突き刺してくる。
不平等で不幸な社会の底辺でそれを仕方ないとして生きる中でわずかにきらめく瞬間。
そこには希望はないかもしれないけれど、でも確かにその瞬間は存在し、ここに書き残されている。

主人公は著者と同じく幼い時にたらい回しの末にアメリカに渡ったベトナム人の少年。
戦時中に身体を売って生計を立てていた祖母と、言葉の通じない国で家計を支える母、そして叔母の女三人と暮らす彼。
貧しく読み書きのできないよそ者扱いだった子供時代を過ごし、自己破滅的な白人の青年に恋し、そして大学で文学を学ぶことになる。
そしてこの小説はその彼が書いた文字の読めない母への手紙。
彼が貧困の中にいる自分の家族を通じて見てきたこと、恋人との関係、肉体的な関係、薬物を通じた関係、それでも制度に縛られる関係、合間の静かな時間、そして本当はずっと思っていたことなどを、お母さんは文字が読めないから正直に書きます、とこの手紙に綴る。

著者のオーシャン ヴオンは詩人で同性愛者で幼いころに母国の戦争から逃れて敵国アメリカに渡り、そしてその新しい母国であるアメリカでの貧困生活によるトラウマを背負って生きている。
これはフォーマットとしてついこの前読んだ『Martyr!』の著者であるイラン系作家カヴェ アクバルと同じ生い立ちなので、つい読み比べてしまう。
どちらも母親にまつわる物語。
アクバルは不在の母親についての物語で、ヴオンは虐待的な母親について。
彼らの主人公とその母親との関係は「痛み」と「その傷」に象徴される。
母親は痛みつけられ傷を負い、息子である主人公も傷ついたまま生きている。
母親の傷はそれぞれの息子たちへ受け継がれ、その傷は消えないまま、息子は母親を許したりはしないまま、ただ傷を抱きかかえたまま生きている。
痛みをかき消さないという生き方によって「男らしい」とか「ゲイらしい」とか「自分らしく」を寄せ付けない。

『地上で僕らは』の方は『Martyr!』ほどの爆発するようなエネルギーはない。
主人公Little Dogは本来説明ができないことをどうせ読まれることのない手紙を用いて母親に説明しようとする。
確かに貧しさや暴力、薬物の中に生きてはいるが、祖母の話してくれる物語が好きだったこと、白人アメリカ人の祖父にまつわる真実、彼の破滅的な初恋、すべては醜くあっても、でも束の間ほんの少しだけ、今にも消滅しそうではあるけれど確かにここで美しくきらめいていた自分たちがいたこと。

悲劇的になりがちなこの物語を不憫に描くことを拒み淡々とした文章の中で優しさを仄めかす。
アメリカはもちろん欧米で一気に人気作家となったヴオン、第二作も読みたいし日本語でも文庫本で出てもっと多くの人に読んでもらいたい。
ヴオンの場合、母親も戦時中に学校に行けず幼い時にベトナムを去ったため本来の母国語であるベトナム語も片言レベルだった。
でも移住後に小学校で習得した英語で生きていくことの繊細さを表現する。
中には詩を挟み、流暢でなく傲慢でもない絞り出すような正直さ、これは日本で流行の「上手く言語化する」の次元を越えたところの表現力。

そしてそして、ヴオンやアクバルのような詩人、作家が出てくるアメリカ。
いまテレビやメディアで騒がれている側面ではない「アメリカ」であり、移民の作家が活躍できる場所を惜しみなく提供する「アメリカ」を失ってはいけないと思う。


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