
同性愛と異性愛
風間孝
河口和也, 2010年
240 ページ
岩波書店
2016年 読了
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🔽 本の紹介と一言レビュー 🔽
✔ 日本における、同性愛嫌悪を中心に歴史と現在とを綴った日本の社会論
✔ 「我々健全な日本人男性には無関係なもの」としてタブー視し続けることはできない
✔ 思いもしなかった、普通と思っていたことが普通じゃない、という発見のきっかけになる本
★★★★★ 当然普通は異性愛だ、という「こうあるべきである」に縛られる日本における同性愛。見ない、認めない。テレビでオネエが笑わせてくれるのはいいけれど自分の兄弟では気持ち悪いという現象など。普通と思っていたことが普通じゃない、同性愛嫌悪の問題は社会の方にある、という発見と認識のきっかけになる本。
🔽🔽 読書記録 🔽🔽
日本における、同性愛嫌悪を中心に歴史と現在とを綴った日本の社会論。
まずは、なぜ異性愛とわざわざタイトルにつけるのか。
それは異性愛と同性愛を同じレベルで見ようとする意思表示では。
日常で「私は異性愛者です」とわざわざ言うことはないし、同性愛者と向かった時だけ、異性愛者というその人の要素の一つが浮き上がってくる。
当然普通は異性愛だ、という「こうあるべきである」に縛られる日本における、同性愛。
同性愛者が存在すること、それを理由に苦しんだり被害を受けていることを認知すらしない。
肉体的にも精神的にも暴力を受けている人がいることを無視し「我々健全な日本人男性には無関係なもの」としてタブー視する。
見ないし、存在を認めない、それは「おおらか」ではない。
そして、突如現れたテレビにおける「オネエキャラ」の無差別露出。
この現象が、日本は同性愛に寛容であるという誤解の元だと思うんですが、ゲイ=オネエキャラという単純な枠組みを作り上げた罪深いメディア。
(追記。現在、さすがに日本でもそういう「ハーフ枠」や「オネエ枠」は消えている、と思うんですが?)
テレビで笑わせてくれる限りでは許すけれど、自分の兄弟がゲイと言い出したら気持ち悪い、となるんだそう。
そして、性的指向(セクシュアリティ)だけでない、社会的な男と女(ジェンダー)というもの。
男らしい、女らしい、というような表現も平気で日常で使う、メディアでも使われる。
例えば、異性愛者の男性が「男らしくない」となったとき、「らしさ」とはなにか、なぜそれが問題なのか、あなたはそのことで迷惑を被っているのか、と感情を横において、そこまで掘り下げることはない。
そういうジェンダーの問題も日本はかなり遅れているので、セクシュアリティだけでなく、ジェンダーの問題も同時に解いていかないといけない。
過半数ではあるけれど異性愛なんてたくさんある中の一つに過ぎないし、しかも異性愛者がみんな同じような形で異性を愛するかというと、やっぱりそうじゃない。
しかも本人にとっては非常にプライベートなことであり大事なこと、だけれど社会にとっては問題にすることじゃない。
同性愛homosexualという名称からセックスという行為を常に連想させるというのも、なるほどそんなところに落とし穴が、とハッとさせられたり。
問題とは、同性愛者個人を尊重せず差別を斡旋する社会の方であって、当事者にはない。
どんな問題の解決も最初の一歩はいつも同じ、まずは知ること。
思いもしなかった、普通と思っていたことが普通じゃない、という発見で、モノの見方は変わる。
そういうキッカケになりそうな本です。
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