『日本仏教史』 末木文美士, 1992年 感想 | 仏陀の教えをローカライズ

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日本仏教史
思想史としてのアプローチ
末木文美士, 1992
412 ページ
2026.02 読了
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日本にやってきた仏教が、どう「日本の仏教」になったのか。
とにかく脳みそ刺激されまくり。
裏表紙にもある通り、知的興奮に満ちた旅、そう、知的アドベンチャー。

偶然手に取った本が自分の想像以上に興味のど真ん中に命中することがある。
私は仏教に興味があるし、その考えで気分がふっと軽くなることがあるので本を読んだりするけど、祈ることもないし、どこまで信じるているかといわれたら答えに困る、だってたぶんそんなに信じてない、でも実家は仏教。

そんな典型的日本人である私が興味を持つ理由は正にこれ、ここにじっくりと紹介されている。

インドから、中国という強力でレベルの高いフィルターを通して日本にやってきた仏教が、オリジナル仏教とは違う形で受け入れられ生き残っている。
なぜ。

仏教はその時代その時代に形を変え、その都度「日本の仏教」として存在してきた。

貴族のために祈祷を中心とした仏教、先祖を大事にしてきた古代の日本人に合う葬式仏教、ルール重視の武士に好まれた仏教、来世の概念の薄い日本人に即座にいま浄土確定のコスパのいい仏教、そして神道と仏教がどちらも文化として存在する日本。

そういう観点から日本における仏教の江戸時代くらいまでの歴史を紹介するのがこの本。
仏教史に詳しくない私は次々と出てくる名前や文献に唸ってしまったけれど、知らなくても大丈夫、この本が重視するのは思想史であり仏教史の暗記じゃない。

終章で遠藤周作の『沈黙』が出てくるけど、日本という土地の特徴は結局はこれ。
(読んで最後に納得してもらうためここでは「これ」としか書きませんよ)
高度経済成長期の日本が既存のものを改善して発展した理由にも通じるし、仏教と神道とキリスト教をも平然と受け入れてイベント化する理由にも通じる。
漢文システムのお陰で後々好きなように解釈できたというのも、これに拍車をかける。
日本以外の国の人にはわかりづらいし国内外で批判だってされる。
でも私はこれは考えようによっては日本の強みだと思う。
仏陀の教えを「日本の仏教」に変えた強み。


その後の明治以降の日本の仏教の流れも気になる。
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