『黒い皮膚・白い仮面』 フランツ・ファノン, 1952年 感想 | 劣等感と優越感の構造

🔽 基本情報 🔽
黒い皮膚・白い仮面
フランツ・ファノン, 1952年
Black skin, white masks
Peau noire, masques blancs
Frantz Fanon, 1952
2020.05 読了
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ポストコロニアリズムの古典。
黒い皮膚を持ちながら白人として生きるとはどういうことか。
いやもっというと、白人としていきたいと思うこととは、どういうことか。

著者ファノンはフランスの植民地マルティニーク出身の精神科医。
精神科医ということは潜在意識の専門家であり、つまり制御された欲求、つまり性的欲求、もしくは恐怖の専門家。

黒人は、白人社会に身を置いて初めて黒人となる。
白人社会とは植民地主義の世界であり、黒人は常に自らを否認しながら生活する必要がある。
自己否定を避けることができても、主体的にはならない。
逆に白人は、自分たちが勝手に作り上げた黒人像に怯えながら生活する必要がある。
野蛮で、なにより性的に強力な黒人像。
面白いのは、恐怖症という怯えは実は深いところにある欲求から生まれるという論点。
つまり、差別主義者は心の奥では黒人に脅かされたいという欲求がある、と。

もう一つ面白い点は、彼はフランスの植民地主義について語るという点で、奴隷制度の廃止はアフリカ人が戦って得たものではなく、白人のご主人様から与えられたものだという観点。

もちろん、黒人だけでなく私自身のように白人社会で生きる白人以外の人間は常に自分の皮膚の色がもたらす余計な意味について意識しながら生活するわけで、どこにいても白人が一番優位である事実は避けられない。
日本は植民地化されていないので、日本にいる限り自分の肌の色から生まれる原罪を意識することはほとんどない。
むしろ日本人特有のコンプレックスでアジアにおける「黄色い皮膚・白い仮面」というちょっと違う側面もあるが、それはここではさて置き。

あと、上記にもちょっと書いたように、もちろん映画や娯楽、アート、文化において黒い皮膚というのは悪と描かれるので、アジア人を含む共同的なイマジネーションにおいて、その歴史を知っていなくても「黒=悪」という方程式が植えつけられる。

ファノンは、植民地主義に植民地化されたくないという。
黒人は劣等感から解き放たれ、白人は優越感から解き放たれるべきだと。

そして70年以上たった今。
人種を超えたコミュニケーション、友情、恋愛関係は普通になって、人種差別をする人間は見下される世の中になった。
でも、私たちは本当の意味で人種から自由になったのか。

ファノンの苦悩はなくならなかった。
例え知識人として知的な発見をしたとしても、サトウキビ畑で労働を強いられている8歳の子の生活は変わらないと。
問題は単純に皮膚の色だけでもない。
白人社会で生きるミドルクラスの黒人の苦しみと、その日の生活がやっとの黒人の苦しみ、二人の問題は同じものではない。
人種の問題は多くの段階を含み、層を含み、複雑である。

でも、それでも、たとえ複雑であっても解決方法がなくても、目を背けない、そのためにこの本を読む。
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